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第980回「宇宙といえば何を思い浮かべますか?」
2010-06-13 Sun 22:29

トラックバックテーマ 第980回「宇宙といえば何を思い浮かべますか?」





 やっぱり星空ですね!
 一応天体観測が趣味なので……。

 でも最近はそんなに頻繁にはやってません(え)。
 自分が星や月を見に屋上に上がるのは、窓から月がよく見えた日や落ち込んだ時です。

 死にたくなる程辛い時に限って、とても綺麗な星空が見えます。
 ……慰めてくれてるんだろう、と思ってます(誰が?)。



 星空を見ていると、嫌な事を忘れてしまいます。

 星を見ながらどうでもいい事を考えるのが大好きです。



 例えばこの銀河系、引いては宇宙には何万何千何億という星(恒星)が存在していて、その周りにも数々の星(惑星)が存在している。その中には地球のように生命がある星もあるかもしれない。
 もしかしたら今の人間と同じように知能や文明を持っているかもしれない。
 そして今の自分のように、些細な事で悩んだり落ち込んだりしているのかもしれない。
 ……そう考えると、自分の悩みもちっぽけなものに思えたりします。

 それから、ケンタウルス座α星、という星を知っていますか?
 地球から太陽の次に一番近いと言われている星です。その距離は約4.4光年だそうです。
 光の速さ行っても、向こうに着くのに4年半掛かります。行って帰ってくるだけでも9年。
 他の星に至ってはもっと遠い。100億光年かかる星もあります。
 それだけの隔たりを持って、ただ己が発する光と遠い何処かにあるかもしれない星の光だけを頼りに、広大な虚無の宇宙に浮かぶというのはどんな気持ちなのだろうと、……想像するだけで寂しいですね。
 それに比べれば、言葉を交わし合い、触れ合って温もりも感じ合える人間として生まれ生きてきた事はこれ以上ない幸せのように思います。
 「100億光年の孤独」とは、よく言ったものです。



 あとは……地球は誕生して46億年だそうです。
 その46億年の命に対して、人間の寿命はどんなに長くても100年そこそこです。
 地球の46億年を1年に換算すると、人間の寿命ってどれくらいなのかなぁ、と考えたりとか。ちなみに100年生きても1秒にも満たないんです流れ星の一生ですよ。
 1年を100年にした所で、それでも1分そこそこな命なんですよ。
 蝉や蜉蝣、蛍を儚いと言っても、地球に対する人間の命よりは長い、と。

 でも銀河系は150億年前に誕生したって言われてるんでね。
 それを引きだすと更に3分の1になる訳ですよ。……短いなぁ。

 今自分23なので、地球7~8歳な子供になるんですよ。
 90歳や100歳でも、30そこそこ。
 それだけ生きてきた人が、30代の人が「生きるの辛い」と言った所で「何を言っている。人生まだまだこれからじゃないか」と思いますよね。
 そう考えると、「自分もまだまだだな」と思います。

 寿命が「85年」って考えると、自分が生きてきた23年間ですら、3割にさえならないんですよ。
 サークルだと自分が2番目に年長(1年とか5歳も下)なので「自分年だなぁ……」って考えたりもするんですが(何)、全然そんな事ないですよね。
 「人の一生を一日に例えると……」なんて言いますが、自分まだ朝の6~7時台ですよ。一日はまだこれからですよ。

 某T先生(と呼ぶのもおこがましいくらいの大先生です)は御年80歳に手が届く方ながらも元気な方で、「論語塾」に通っている際にその方のお話が出ました。
 論語塾の先生は40も過ぎていらっしゃるし、後援の方々も40~50代の方々ばかりなんですが、「T先生に言わせると『40代なんか自分からしたらまだまだ雛だ』って仰ってるんですよ」と。
 あの時は衝撃を受けました……じゃあ自分卵じゃん!! ……と。

 先日友人とその話をしたのですが、それはT先生が更にその先生から言われた言葉らしく、 「40はまだまだ雛、60代は働き盛り。80になって漸く……」というらしいです。
 自分達は多分……殻に罅が入ってるかどうか、くらいの卵ですね。
 触ってみれば温かかったり動いてたり。殻に穴空いてれば良い方、なレベルです。

 ……青いですね。
 まぁ23で青くなければ、一体幾つが青いんだって話ですが。
 世間は「23なんてもう大人じゃん!」な風潮ですが、ちょっと待て。あの孔子ですら「而立」したのは30だぞ、と。

 何か以前「孔子は15歳から学び始めた。それで自立したのは30歳だ。勉強の期間を15年とすると、今日本の子供は7歳から勉強を始める(就学)。小学校中学校高校、それに大学を経るようなものだ」って言うような文章を読んだ覚えがあります。当時は高校生くらいで「あーそうなんだ~」くらいにしか思っていませんでしたが、今の自分はこれ間違ってるだろ、と思ってます。
 孔子は15歳から勉強を始めたのではない。多分自分達と同年代くらいから(詩や儀礼について)学んでいた筈だ。しかし、その重要性を理解し、本腰を入れるようになったのは15歳である。そこから毎日毎日勉強して、それでも漸く「一通りの勉強は終えた」という実感を持てるようになったのは、更に15年経った30歳の時である、と。そういう風に自分は解釈しています。
 孔子ほどの人が15歳まで無学だっただなんて信じられないしあり得ないものね!

 でもって今の学生ですが……先ず「“学ぶ事の意義”について考える人ってどれくらいいるんだろう?」って思います。まぁ自分の進路、「何がしたいのか」「何をするのか」、「自分はこのままで良いのか」を考え始めるのはやはり中学生くらいからなんでしょうかね、一般的には。高校受験を経て。
 そこから高校、大学があって……となると、自分はまだ道の途中なんですね。やっと半分ですよ。そしてまだ残りの半分がある。

 「人生、何かを為すには短く、何も為さずにいるには長過ぎる」って言葉があるそうです。その通りですよね。
 自分が何をしたいのか、何を目指してその為には何をしなければいけないのか、今一度考えなければいけません。
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