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若い内から、本物に触れよ。
2010-06-20 Sun 02:04
 今日は学校終わった後友人と待ち合わせしてご飯食べて絵画展観て、お茶しながら一休みしてちょろっと買い物してご飯食べて帰ってきました。
 疲れたけど大満足ー!!



 行ったのが今BUNKAMURAで開催されている「ストラスブール美術館所蔵 語りかける風景 コロー、モネ、シスレーからピカソまで」という印象派を中心とした絵画展で、クロード・モネが好きな自分は衝動的に「誰と行く」とかを全く考えずに大学生で2枚分買ってしまったのですが、友人が付き合ってくれて良かった♪
 友人に聞いてみて「興味無い」とか「都合が悪い」→駄目もとで妹→無理なら一人で2回、って考えてました。

 行ってみるとモネの絵は1枚しかなかったのですが(残念;)、それでもコローやシスレー、シャントルイユやヘルムスドルフらの素晴らしい絵画が見られ、実に文化的な時間を過ごせました(≧∀≦)
 本物を実際に間近で見る迫力に、彼女も印象派に目覚めてくれたらしいですw
 夏休みには上野にある国立西洋美術館にも行こうと誘っておきました←

 学校に行けば図鑑で、TVで放映している事もありますし、今はネットがありますから作者名とタイトルで検索すれば大抵の絵画は見られるのではないでしょうか。
 しかし実物で無いと分からない事もあります。今日は数mある天井まで届きそうなくらい大きな絵もあったのですが、その大きさや迫力、他の絵では筆致や絵具の艶、そういったものは印刷では表現できないのだな、と。
 本物でしか伝わらないもの、作者がその絵にぶつけた思いやメッセージがあるのだと思います。

 あと上野の国立博物館でやる「誕生! 中国文明」も見に行くんだもんね!
 これは結構有名みたいです。電車内の広告でもよく見かけますし、新聞でも取り上げられているようなので。
 いやぁ、中文としてはこれは必須です。見に行かなきゃ始まらないでしょう!!(力説)
 友人は院生なんですが、先生が「院生で見に行くか」って言っているそうです。
 余談ですが、ウチの院生は3人しかいません(何)。(元)同級生2人と1年上の先輩1人。



 今日の漢文の授業で「東京にいて恵まれている事は本物に触れられる事。美術館も博物館も沢山あって、芸術や文化に幾らでも触れられる。そういうのにどっぷり浸かれるのは学生の内だけだ」という話をM先生が仰っていました。
 ちなみにM先生曰く、「H先生(ウチの先生)は学生時代に三島由紀夫の講演を聞いたそうだ」とも。

 東京生まれ、東京育ちな自分には余り実感の湧かない言葉なんですが……でも海外の芸術展や講演会が日本で開催される場合、東京は真っ先に候補地に挙げられる場所の一つだと思うので(東京がなくても、南関東が全く入っていないって事は少ない気がします)、きっとそういう類のことなのかな、と。
 態々地方や海外に足を運ばなくても、近場でそういったものに触れられる機会、そしてそんな時間はとても貴重なものだと思います。

 機会……というか正確には時間とお金があれば、都内の美術館巡りしたいです。あともう少し過ごしやすい季節だったら、庭園巡りとか。
 とにかく芸術とか植物とか、綺麗な物、可愛い物が大好きなんです。

 色々な所へ行って色々な物を見たり聞いたり触れたりするのは、出来る限り若い内にしておいた方がやはり良いんでしょうかね。

 年取ってからも充分できるんでしょうけど、働き出してからだとそんな余裕が持てなかったりしますからね。
 別に引退してからでも何の問題もないんでしょうが、心の栄養という意味では若い方がより大きな素晴らしい影響を与えそうな気がします。まぁ分母自体が小さいですからね。



 本もきっとそうなんでしょう。
 今の中高生はライトノベルとか携帯小説を読んでる人の方が多いのでしょうか……。
 自分も中高生の時は携帯小説はともかくライトノベルはよく読んでいましたが、小学生の時は名作や伝記をよく読んでいました。
 古文や漢文もそうですが、世に「名作」と称されたり後世にまで残るものには、やはりそれなりの理由がある訳で……それを学ぶ事は人間の素養としてとても大事だと思います。
 ……自分もまだまだなので、勉強が必要なようです(^^;)





 追記にて拍手コメお返事。



 お里さん>>

 拍手ありがとうございます!
 宇宙をみていると、人間って本当に小さいんだなって思い知らされます。
 でもこの宇宙にどれだけの星があって、その中で酸素があって生命が生まれる条件を満たしている星が一体幾つあって、その中で本当に生命が存在して、その生命の知的レベルがどれくらいで、それが更に現代のような文明レベルになっていて……と考えると、地球、そして人類が存在していて、今の時代に自分が生きている事がどれ程の、それこそ天文学的な確立の上に成り立っているかとも思います。小さな存在だけれど、その存在の不思議さ、奇跡、というのでしょうか。
 蝉や蛍は一夏の命だけれど、蝉にも蝉なりの人生(?)、喜びも悲しみも幸せもある訳で……それでも一瞬一瞬を精一杯生きています。人間だってそういうのと大差ないのかもしれません。ただ、ちょっと蝉より長いだけで。
 どんな人生を歩むにしたって、楽しんだ者勝ち、輝いた者勝ちですからね!
 私も色々模索中です(^^)
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